タクシン元首相は22日夜、自分を政権から引きずり落とす一連の動きの背後にクーデター後に暫定首相に就任した枢密院評議会議員のスラユット・ヂュラーノン大将がいたことを明らかにした。
この発言は、チェンマイ県内で行われた反独裁民主主義同盟の集会でビデオリンクを利用して国外から演説を行った際に語られたもので、タクシン元首相によると、中国国内で元国内治安維持部隊作戦司令本部副本部長のパンロップ・ピンマニー大将(元Young Turksの主要メンバー)と面会した際に、同大将から自分に対する2回に渡る暗殺計画が失敗に終わっていた事を伝えられていた事を明らかにした上で、タクシン政権崩壊を狙った動きにスラユット大将及び学識経験者のプラモート・ナーコンタップ氏、最高行政裁判所長のアッカラートン・ヂュラーラット氏、当時最高裁判所長付き秘書官長だった現憲法裁判所判事のヂャラン・パックディータナーグン氏及び当時最高裁判所長だったチャーンチャイ・リキットヂッタ氏が関与していたと指摘した。
パンロップ大将がタクシン元首相に語ったところによると、2006年4月にスラユット大将からパンロップ大将に対して王室に対する敬愛の念が欠けているタクシン首相(当時)に対する2回に渡る暗殺計画を実行に移し何れも失敗に終わっていた事を明かされていたという。
また、タクシン元首相は、クーデター発生直前に発生したタクシン元首相自動車爆弾爆殺未遂事件に関与した容疑で逮捕された軍関係者から、自動車爆弾による暗殺が成功した場合にはスラユット大将が首相につくとの約束が為されていたとの証言が得られていた事を明らかにした。
2006年4月は、タクシン元首相がシン社の持ち株売却に関する釈明を行うために上下院合同議会の招集を約束し同議会の招集日が設定された後に下院議会を解散した事に対して反発した当時の野党連合が同年4月2日に設定された総選挙のボイコットを宣言し、反タクシン派とタクシン政権との対立が頂点に達していた時期にあたる。
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